※実話をもとにしていますが内容には大きくフィクションが含まれているので実際の人物は一切関係ありません。ご了承ください。食べ物だけは本当
記録前日 コロナのお姉様
二月の暮れ、お姉様にコロナの陽性が出ました。土曜日から咳が出ていたので、やっぱりという気持ち。
家族みんなで自宅待機してくださいという話になりました。期間は10日。それまでの間、食べられるものを買い溜めておくようにとの通達があったり、いまは手一杯だから保健所からの連絡は2、3日後になるとか、まぁバタバタしていたわけです。
濃厚接触者は一応外出できるのですが、原則外出禁止なわけで10日間生活に必要なものを買い溜めておこうとAmazonさんで大量の物資を注文していたら、ババちゃんが「保健所から物資来るし、そんなにいらんのちゃう?」と言ったので、とりあえず三日分くらいのどん兵衛と野菜スープを注文しました。
お急ぎ便なので翌日に来たわけですが、ここでひとつ事件がありました。そもそもAmazonで注文した時、直接荷物の受け取りができないから、だいぶ前に見た名前を『置き配希望』にするテクニックを使おうとしていたのですが、Amazonの配送オプションに置き配を選べるようになっていて(おぉ~時代だな)と思うと同時に、ここ数年はkindleで本を買うので配達使っていないことに気付いたりもして、ちょっとした浦島太郎。置き配希望にチェックを入れて、置き場所は玄関にしておきます。
で、翌日に件の置き配希望の荷物が届いたわけですが、業者の人は玄関のチャイムを鳴らしてから一向に荷物を置かず、さらにまたチャイムを鳴らしました。いつ置いて帰るのかな、と不思議に思っていると、またチャイムを鳴らして「すみませ~ん」と大声を出します。
ここでひとつ補足しておくと我が家の周辺はいわゆる田舎社会に住んでおり、散歩している途中で挨拶してきた人達が何故か私を知っていたり(こっちは誰か知らない)、祖母が老人ホームに入っていることを知っていたり、その他ワールドワイドウェブに載っていないプライベートな情報を何故か知っているような土地に住んでいて、このまま配達員がどでかい段ボールを抱えて玄関で叫んでいると、駐車場には車が真昼間から何台も止まっているし、はは~ん、あの家はコロナで自宅療養しているのだなと気付かれるのは必定。できるだけコロナにかかったことを隠しておきたいのはババちゃんの願いでもありました。
私は慌てて玄関へ飛び「玄関に置いておいてください」と言うと「サインだけいただけませんか?」と答えが返ってくるではないか。「置き配希望のはずですが?」と言っても「サインいただけませんか?」とどでかい声。以下やり取り
私:玄関に置いて行ってもらえませんか?
配達の人:すみません💦 サインだけお願いします(;・∀・)
私:いまちょっと出られないですよ~(このご時世だから分かってくれ~!)
配達の人:‥‥‥すみません。サインお願いします(;・∀・)
私:(え、なんなん。このひと?)
私:あの‥‥‥いま出られないんで(#^ω^)
配達の人:受け取りのサインだけお願いします(;・∀・)
私:(あかん。この人帰りそうにない‥‥‥)
私:コロナで出られないんですけど!(あぁ~言ってしまった!ばかやろー!)
配達の人:‥‥‥(しばらく間が空く)‥‥‥サインお願いします!(半ギレ)
私:( ゚Д゚)ハァ?
私もブチ切れて玄関のドアを開けると、配達の人は大きな段ボールを抱えてやはり半ギレな顔で立っていました。さらさらと受け取りのサインを書くと、配達の人は「ありがとうございました(半ギレ)」と言って、どでかい段ボールを私に渡しました。
後述すると私は陰性で結果的には事なきを得ましたが、もし陽性だったらヤバかったんだが?
この後も配達の人は来るが、どの人もサインを求めてきた。これは配達の人が悪いのではなく配達業の構造問題ではないか?(同じ業者なのか、これ以降は「コロナですけど!?」と言うと玄関に置いてくれるようになった。ただし何度かやりとりしなければならなかった。)時代に合わせて受け取り方法も変えられないものか。
同日、保健所?から物資が届いて、こちらはさすがに忍者のように音も気配もなく玄関に段ボールを置いていった。気付けば玄関に段ボールが出現していたという感じなので気味が悪いほどだった。置き配専門のプロがいるのかもしれません。
段ボールは幼稚園児が4人ぐらい立てそうなぐらい巨大な物だったので置き場所に困りました。写真は撮り忘れましたが、ノートには書いてあります。中身は
・ポリ袋の(大45Lが10枚、小10L30枚)
・ポリ手袋(両手20枚入り)
・ビニール袋
・ペーパータオル
・キッチンブリーチ
・マスク(50枚入り)
・ティッシュ一箱
・トイレットぺーパー4個
・レンジでチンするタイプの米 12パック
・カップうどん 1
・カップラーメン 1
・焼き鳥の缶詰 4
・源氏パイ 1袋
・神戸ショコラ 1袋
・OSー1 4本
・野菜ジュースと豆乳 4パックずつ(すまん。5だったかもしれん)←そう書いてある
・鯖缶 (味付きが3缶)
・カレーやハヤシライスのレトルトパック 5つ
・ウィダーインゼリー 5パック
・卵スープ、ほうれん草スープ 5個入り一袋ずつ
・茄子のみそ汁 4パック
・フルーツの缶詰 2個
・白がゆ 1パック
あとで段ボール二個救援物資が届きますが、だいたい似たような物が入っていました。完全に同じではないようです。
置き配事件の翌日に保健所から電話があって「PCR検査を受けてください」と言われました。実は私は去年PCR検査を受けていて、その時車で行ったのですがみんな車に乗ったまま一人ずつ受けていて、でも今回はババちゃんが車運転できないのでどうしたらいいですかと聞くと「対角線に座って、窓を少し開けて歓喜しながら来てください」という抜け道を教えてくれました。
場所は初めて聞く病院で電話の向こうでも「ちょっと難しい場所にあるのですが‥‥‥」と言い淀んでいたので「調べておきます」と私が言うと、向こうはほっとしたようでした。グーグルマップで検索すると‥‥‥確かに分かりにくい場所(;・∀・)。あってよかったグーグルマップ。
同じ電話は家族にもかかっていて、家族みんなで指定された時間に向かいました。車列を組んでちょっとしたパレード。先頭は私(`・ω・´)
前に私がやったPCR検査は綿棒に唾液を染み込ませて、容器に保存する方式でしたが、今回はストローでよだれを直接容器に入れる方式でした。私はけっこう早く終わったのですが、ババちゃんが遅くて半時間もかかりました。その間に他の車が何台か来て、帰っていきました。
その日の夜に電話がかかってきて、私以外みんな陽性でした。その後色々家族構成とか色々たずねられたのですが、電話の人の口調には(なんでお前かかってねぇの?)的な響きがあって、ちょっと不思議でした。
さて、長い前置きは終わり。↑は小説作法ならバッサリ削る場所。
家族全員が陽性になったことで、家のことをするのは私一人だけになってしまいました😨
基本的に家族はそれぞれの隔離部屋にこもってもらいます。
なんというか忙しすぎて日記が抜けているし、写真も撮っていないので、いきなりですが数日ぶっ飛びます!
記録一日目 熱いスープを作る家は最後に滅びる
お昼を作る時、コロナのお姉様に何を食べたいかメールをしました。のどが痛いので刺激の少ないものというリクエストがあったので、お姉様だけは救援物資にあった白がゆにしました。
食べ物を直接床に置くのははばかられるので、どこから出してきたのか謎のプラ容器の上にお盆を置いて、食べ物を置きました。おかゆだけではなく、みそ汁も付いています。これには理由があって『亡命ロシア料理』という本に”熱いスープを作る家は最後に滅びる”という名言があるので、それに倣ってみることにしました。この諺が本当かどうかは分かりませんが滅んだ家がスープを作れないのは間違いない。
夕飯はシナシナになったしめじと油揚げでみそ汁を作りました。画像が白くなっているのは湯気ですね。あとは冷凍のチキン(半分にカット)とこれまた痛みかけのレタス。それにごぼうサラダ。米を食べるには弱いのでのりたまをサランラップに包んでいます。陽性者がふりかけの瓶に触れるのはいけないので。
食器はまず私のだけを洗い、次に家族の物を洗って陽性者と陰性者の使う物を別々にしました。その後はアルコールで濡らしたタオルでドアノブや誰かが触りそうな場所を拭いていきます。本当は誰かが触れるたびにそうしなければならないのですが、いちいちそんなことをするのは不可能。フィクションの世界では精神力が限度額無限のキャッシュカードみたいな扱いですが、現実には財布のお札ぐらい有限であり心もとないもの。保健所の指示通り100%消毒するなんて絶対に無理。ドアノブだけを消毒する奴隷がいてくれたなら可能ですが、あいにく私は古代ローマ市民ではないので何をするのも私一人だけ。
とはいえ、実際に奴隷がドアノブに控えていたとしたら、あるいはご飯を作ったり、洗濯していたりしていたら、狭い我が家では間違いなく過密状態であり、クラスター発生は間違いなし。
明治大正時代の小説を読むと当たり前のように下男や女中が出てきますが、今ではよっぽどのお金持ちでないかぎりはお手伝いの人は家庭にいません。彼らのような大分限者が消えたのはコミュニストによってブルジョアが消えたのではなく、感染症によって滅ぼされたのかもしれませんね。しかし現代で勝ち組と言われている人達がお手伝いさんを雇っている印象はないのでコロナが明けても社会は変わらないでしょう。
記録二日目 もし神がいないなら私が神だ
この世に神がいるかどうかは分からないが台所には存在する。それは私。
もし神がいないなら私が神だとドストエフスキーも書いていました。無神論者でいっぱいの世の中だから私が神になっても問題ないでしょう。
まず私が食べて、洗い物をして、次に家族に食事を持っていくので自然と早起きしてごはんを作り始めます。そうでなければ朝ごはんはブランチに、お昼ご飯はおやつになりかねないからです。朝はしいたけとねぎと卵でぞうすいを作りました。
味に飽きた時のためにサランラップで巻いたノリが付け合わせてあります。朝なのでコーヒー付き。
お昼はレトルトのカレーと茄子のみそ汁。それに神戸ショコラをつけました。
おかげでお盆はいっぱいΣ(・□・;)
救援物資にお菓子が入っているのは無駄だと思っていたのですが、お菓子をつけると家族の咳の音や、足音が軽くなったように感じられました。余計なものが人間に元気を与えてくれる、というのは名言にしてもいいと思います。銀行預金も必要な分だけあるより、使えないほどある方が心も軽くなるようなもの。この経験から熱いスープとお菓子が我が家の食事テーマになりました。神の御心は絶対です。
昼下がりに陽性判定された家族の分の救援物資が玄関に積まれていました。相変わらず忍者のように音も気配もなく、気付けば玄関のすりガラス越しに段ボールの高い影が出現したのでぎょっとしました。
段ボールの置き場所がないので、中身を食べる物と食べられない物に分けて、段ボール二つにまとめました。しかしこの時に気付いたのは最初に陽性になったお姉様に救援物資が来ないこと。もしや救援物資は一回だけなのではという疑惑が持ち上がります。お姉様にメールでたずねると(めいびー)とのこと。現時点では物があふれていても、療養が明けるまではもたないのではないかと不安になりました。
というわけで、家の中をがさごそと探り食べられそうなものは何があるかと調べると、けっこうギリギリなのではと焦りましたが、米は50kgぐらいあるし、みそもたくさんあるので、最悪この二つでしのげるなと考えると気持ちが楽になりました。どうしてもダメなら私が買い物に行けばいい(濃厚接触者は外出禁止ではなく自粛)。Amazonという手もありましたが、サイン事件から不信感マックスだったので使いたくありませんでした。
お風呂を洗うのはめんどくさいし、洗濯物もそう。お風呂は二日に一回にしましたが、次回からは三日に一回に決定しました。神は絶対! 自宅療養で良いのは誰にも会わなくてもいいこと。
記録三日目 健康ですか?
米を炊き忘れたので朝はレンチンするお米をおにぎりにして、レトルトの野菜スープを付けました。それとコーヒー。牛乳がきれたのでこれが最後。
家族に食事を持っていくと私は自分の部屋にとじこもります。お姉様だけではなく他の家族もあちこちでケホケホと咳しているのを聞いて、私ものどがイガイガしてきます。もしや私も陽性ではないだろうか。あるいはミラーニューロンのなせるわざかと考える。体が熱くなってきて、熱があるのではないかと測ってみると平熱。本当に熱がある時は寒気がすると頭では分かっていても心ではそう思えないもの。
記録四日目 チコちゃんあれは何だったんだい?
夜は鯖缶をアレンジして卵とじにしてみましたがいまいち。味付きだし、そのまま食べる方がよさそうです。あとは卵スープと焼きプリン。
朝は早く起きるのに夜寝る時間はいつも通りなのはよくない。夜更かしは簡単なのに、早く寝るのはどうしてこんなに難しいのだろう。
記録五日目 シャレオツなスイーツ
我ながらおしゃれだと思いました。スペシャリティ感があると気持ちも上がります↑
記録6日目 きぬさやにカビが生える
横から見るとこんな感じです。イチゴより統一感があって一つの料理としてはこちらの方が好き。
自宅療養期間が延びたので冷蔵庫の中をもう一度確認すると、きぬさやにカビが生えているのを発見。いつか卵とじにしようとしていたけれど間に合いませんでした。生ものは早めに消費しなければなりません。
記録七日目 小説の推敲をする
夜は乾燥うどんがあったので煮込みうどんにしました。かまぼこは療養初期にいつか使うかもしれないと冷凍しておいた物。左にあるおしぼりみたいなものはおにぎり。コロナのお姉様の咳が止まらないので梅干し入りにしました。効果はかなりあやしい。
記録八日目 鯖缶なくなる
玄関で配達の人と長いやり取りがあって、かなり躊躇した様子で玄関に箱を置いていきました。もしかすると最初の人も食べ物を地面に起きたくなくて、手渡ししたかったのかも? なんてことを考えました。
夜は残った野菜でラ王(ラーメンです)。冷蔵庫の野菜室がスカスカになる。赤ちゃん一人がハイハイできそうなぐらい広くなりました。
昔あったラーメンの配達みたいに岡持(おかもち)があればよかったのに、そんな物が普通の家庭にあるわけがないので、ラップをした状態でお盆に乗せて運びました。あとたぶんおにぎりがついていたはず。
記録九日目 ポテトサラダぐらい作ったらどうだ?
夜は梅干しのせご飯、澄まし汁に焼いたお餅(餅は見舞いで送られてきた物)。チキンフライ、ポテトサラダ、京野菜の漬物。
記録10日目 お姉様の療養期間が終わる
夜は炊き込みご飯、きのこと豆腐のみそ汁、それにポテトサラダ。ちなみによく右上あたりに登場している青と緑のやつは付箋です。『米炊け!』『洗濯回せ!』『乾燥機開けろ』とtodoリストを目に見えるところに張って忘れないようにしていました。米は忘れてもレンチンすればいいのですが洗濯物は忘れるとけっこう致命的(;^ω^)
翌日から自宅療養終わり、日常の生活に戻りました。
教訓としては、どん兵衛強い。うどん強い。麺類強い。コショウは何にでも合う。ポカリは便利。生ものは腐る。キャベツと白菜は美味い。固い野菜は長持ちする。健康に良さそうな物は非常時に食べたくない。救援物資だけでは100%足りない。保健所は家族構成とか聞いてくるくせに送られてくるのは明らかに一人分。見舞いはガツンと栄養になる物より、イチゴみたいにふわーっとした物が記憶に残る。餅食べたことなんて忘れていましたよ・・・・・(;^ω^)スマン
あと、前例のないことは年上の指示に従わず自分で判断して物資を集めるべし。これぐらいでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。ではまたどこかで会いましょう。
m(__)mペコリ
(コロナのお姉様 おわり)
おもしろかった
返信削除具だくさんの味噌汁にこだわりを感じた
ありがとうございます。
返信削除みそ汁万能説ですね。たいていの食材は味噌で食べられます。