『法人税一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇%』のリリース記事

法人税一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇%/牛野小雪(kindleストア)←push!

 内容紹介

陸送ドライバーの俺はソシャゲの中ではトップランカー『荒野の狼まさやん』であり、走行動画や食事動画を上げるユーチューバーでもある。

身長は低いがイケメンだ。時々痛い目に遭うがマッチングアプリで女は入れ食い。セックスにも困らない。

弟分のカオルが妊娠してにっちもさっちもいかなくなると、俺はこの世界を壊すために法人税100000000000000%を求める動画をインターネットにあげる。

誰もいない砂漠に吹いたそよ風のようなものになるはずだった動画は人気ユーチューバーの目にとまりコラボを申し込まれる。

人気ユーチューバーのベンツが暴走トレーラーにより海の底へ沈められたところから風向きが変わり、世界は法人税一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇%の狂気に染まる。

最後に俺が幼稚園でカオルの娘である風華の「ばんざ~い」を見送り、道路に戻ってアクセルを踏むところで物語は終わる。目的地はないが、それでも進むしかない。

乾いた世界を車で走り抜けるような小説だ。まずはサンプルダウンロードして読んでくれ。


『法人税一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇%』の読者ページ


牛野小雪のページ(著作一覧)


試し読み



01 一〇〇〇越えてますよ


 資本主義は野生の本能を剥き出しにしている。一人でも多くの馬鹿を必要としている。もしこの世から馬鹿がいなくなれば資本主義は砂漠に打ち上げられたクジラのように干からびてしまうだろう。


 車を輸送するトレーラーがあるのに何故かドライバーに運転させたがる馬鹿がいる。俺がこの仕事について考える時間は充分すぎるほどあったから、おそらく日本で一番理解している。俺の仕事は野良猫と同じで、この世に存在しなくなっても誰も困らない。車はみんなトレーラーで運べばいい。そうすれば走行距離のメーターも回らない。トレーラーなら一人のドライバーで何台も運べるが、車を運転するなら一人一台しか運べない。非効率だ。だから最高だ。俺は仕事にありつける。非効率に儲けありだ。


 距離に関わらず一回三万円で車をドライブする。距離が近ければ一日に九万円稼げる日もある。もっともそんな日はめったになく、北海道から沖縄まで三日かけて運んだこともある。稼ぎはその時々で上下するが、長い目で見れば七日で十三万円ぐらいだろう。この仕事が最高なのは、いつまでも仕事に慣れないこと。いつも耳の先までピンと神経が張っている。中古車は前の持ち主の癖が染みつくのか同じ車でも挙動が違う。ようやくその車の癖を掴めた時には目的地に着いている。そしてまた次の車だ。たいていは大衆車だがフェラーリやポーシェに乗れる時もある。


 今日は七〇年代の雰囲気がするダッヂのチャレンジャーだ。アメ車に乗る時は警戒するが、この車は一五〇まで出してもブレなかった。かなり物が良い。


 博多から横浜までのドライブ。ラジオから若い男女二人組の歌が流れた。


死について語ろう

子どもにウケはバッチリ

世間の誰もが冷え性を治し

1kg減はストレスフリー

存在を決める残酷な数字


おパンツゆるくなった

おパンツゆるくなった

時間差で来るリバウンド

君との会話でお腹を満たす

おパンツゆるくなった

おパンツゆるくなった

夕食のみの糖質オフ

どこまで進むべきなのか

残したおやつを一気に食べる


目を背けたい体作り

老化の原因AGE

過去何世紀というもの

何かいいことあったの?

アリストテレスが証明

糖質オフはアンチエイジ

美肌や若さが保てます


おパンツゆるくなった

おパンツゆるくなった

真実である、肉、きのこ、大豆製品

嘘だとしても害はない

以下、無限に続く六つのルール

おパンツゆるくなった

おパンツゆるくなった

おパンツゆるくなった

(一連の循環論法、魚は低糖質で高たんぱく)

おパンツゆるくなった

(論理の曲芸 緑黄色野菜)

おパンツゆるくなった

(欲望の缶詰 加工食品)

おパンツゆるくなった

(結局のところ、お菓子、ジュース、リンゴ、ミカン、本能的欲求、糖質の多い食材)


 カーブの先にあるガードレールに一台の車が突っ込んでいた。ドライバーらしき男がそばでスマホを耳に当てて立っている。タバコを吸わせてやりたいが、俺はそのすぐそばを一五〇で走り抜けた。バックミラーには道路に手を伸ばして、うろたえている男の姿が映っている。スマホを落としたようだ。


「君は絶対に道路では死なない」


 何年も前に教習所の教官に言われた言葉だ。下りの山道を五速のまま走り抜けた時に彼はそう言った。その予言通り俺はまだ死んでいないし、これから先も死ぬ気はしない。もし道路に神がいるのなら俺は間違いなく愛されている。


 博多から横浜まで一五時間走った。


『ジェンツー』という中古車屋に着いた。荷物をまとめて車を降りると、太った男が店から出てきた。なわばりを守るペンギンみたいだ。


「ごくろうさまです」と男は言った。


「写真撮らせてもらいますよ。規則なので」


 俺は店とダッヂチャレンジャーが一緒に映るようにスマホで写真を撮った。顔を上げると男は新しいおもちゃをもらった子どものように笑っていた。


「この車は愛と献身にあふれている。どうでした?」と男は言った。


「コレクター品ってやつですね。一年前に作られたみたいだ」


「レトロカーの多くは罪深い。時に離婚を引き起こしたり、嫉妬で傷付けられたり、車は自分で走って逃げられないですからね。一台一台辿る運命が違う。奇跡みたいな車だ」


「前の持ち主はナルシストに違いない」


「ですね。傷一つついていない。こんなに攻撃的で、神経質でありながら半世紀も生き延びている。涙が出そうだ」


 男はため息をつき、首を振った。


 俺がキーを渡すと、男は潤んだ目をしながら「いくらで売ると思います?」と聞いた。今にも泣きそうな目をしながら金のことを考えられるのが人間だ。


「五〇〇は固いな。六…七…八〇〇ぐらいかな」


「まさか、とんでもない。一〇〇〇越えてますよ、一一〇〇万。これから船に載せてカリフォルニアまで運ぶんです」


 利益は感動に勝つ。男の目はもう乾き始めていた。


「このへんで泊まれるところはないか? なるべく安いところが良い」と俺は言った。


「民宿っていうのは?」


「相部屋じゃなければいい」



02 民宿のビールは五〇〇円


 男に教えてもらった場所へ行くと、空き地に囲まれた一軒家があった。周りの風景と比べると家の外壁は白々しいほど光っている。玄関には『ゲストハウス バニシングポイント』と立て札があり、インターホンを押すと、顔が赤黒く日焼けした若い男が出てきた。


 とりあえず一泊して、さらにもう一泊するかは明日決めたいと伝えると二階の部屋に案内された。階段を登る時に、台所から若い女がこちらを見ていた。宿泊料金は五千円だが一人でやっているわけではないらしい。

 部屋で一人になると、俺は民宿へ来る前に買ったカップラーメンをバッグから出した。ほどなく電気ポットを持った男が部屋に入ってきて「旅行ですか?」と言った。


「人間と世界の関係が重くなりすぎて面倒になったんです」と俺は言った。男はためらった笑顔を見せながらポットを置いて「冷たいお茶が冷蔵庫にあります」と言い残して、部屋を出ていった。


 俺は机にカメラを設置して映りを確かめると、カップラーメンに湯を注いで、ポケットからコルトパイソンを引き抜いた。六連発のレヴォルヴァー式拳銃。本物ではない。引き金を引くと銃口から小指の先ほどの小さな火が出るだけだ。俺はその火でタバコに火をつけた。銘柄はマルボロと決めている。


 マルボロを三分吸って、その後カップラーメンを食べた。食べ終えると、またマルボロに火をつけて、録画した食事風景をユーチューブにアップロードした。編集はしない。タイトルも『横浜 バニシングポイント カップヌードルシーフード』とシンプルにしている。


 さらに博多から横浜までの走行動画もアップロードした。こちらも地名、国道番号だけのシンプルなタイトルだ。一五時間もあるので十二分割している。気の利いたことは喋らないが時々独り言が入っている。誰がこんな動画を見るのか分からないが、全くいないわけでもない。おそらく地名で検索しているのだろう。東京や大阪を走った動画は一万回以上見られている時がある。誰も知らないような土地、たとえば四国の徳島だとほとんど見られることはない。それでも〇ではなく一〇〇〇人ぐらいは見ているし、再生数も増え続けている。


『富山 サンロレンソ ローソンのツナサンド』という動画は何故か八万再生もされていて「エロい」というコメントが数件あった。意味不明だが一年間ずっと俺の食事動画に付きまとってきた奴もいる。コメント欄には現れなくなったが、今も俺を見ているかもしれない。世の中には俺の思惑を超えた色んな人間がいる。


 タバコを吸い終えるとマッチングアプリを開いて女を漁(あさ)った。俺のプロフィールには年収二〇〇〇万。貯金一億と書いてあるが、もちろん嘘だ。プロフィール欄には他にもベンツやBMWのボンネットに座っている俺の画像がある。女にとってはフェラーリやポーシェよりベンツやレクサスの方が格上らしい。女の需要を満たしてやるのが男の優しさだ。たとえ見え見えの嘘でも甘ければ嫌な気分にはならない。ゼロカロリーのコーラと同じだ。かえって健康にいいかもしれない。


 男なら俺の嘘を見抜ける。女でも見抜ける奴はいるだろうが心と本能が否定する。人間は自分の信じたいものを信じるものだ。女は俺の嘘を疑っても無視することはできない。加工された女の画像に惹きつけられる男と同じだ。女なら誰でも釣れるわけではないが、全員をだます必要はない。俺の体は一つだけだ。


 夜七時になると食卓に呼ばれた。客は俺一人で、宿の男と女も一緒に食べるようだ。二人が夫婦なのか、同じ民宿で働いているだけの関係なのかは分からなかった。


 宿の名前と違って、ナスとししとうの煮びたし、サバの味噌煮、そうめんのみそ汁、からし菜の漬物、それにごはんという和風な食事が出てきた。コップ一杯のビールもついていて一杯目は宿泊料金に入っている。二杯目からは五〇〇円かかるようだ。


 俺がビールを一息に飲み干すと「どちらから来られたんですか?」と女が言った。


「博多から」


「そんなところから。お仕事で?」


「ですね」


「ご結婚はされているんですか?」


 男と女は分かり合えないが、一つだけ分かっているのは、女は男を見ると結婚しているか、あるいは恋人がいるかどうか聞きたがる。ばあさんから小学生までみんなそうだ。もしかしたら赤ちゃんの時から聞きたがっているのかもしれない。男には理解できない女の七不思議の一つだ。


「ええ」と俺は答えた。


「へぇ、奥さんはどんな人?」


「羊みたいな人ですよ」


 女は首を傾げかけたが、ニッと小さな笑顔を俺に見せた。何の隠喩か分からないのも当然で、俺は結婚していないから奥さんもいない。毛皮の中には羊の本体がいるが、俺の羊は空っぽだし、なんなら毛皮さえない。それでも俺は続けた。


「ドアを作る会社に勤めているんですけど、ここ一年で五kgもやせました」


 女は目を大きくして「ダイエット‥‥‥それともご病気?」と言った。


「甘いものの一気食いをやめたんです。動物園でウサギがニンジンを食べているのを見て」


 女は笑った。男は口元をぎこちなくゆるめていた。


「やせたい気持ちは長続きしませんよね」


「でも脂肪は長持ちする」


「そう、それ」


 女が目をこれ以上ないくらい大きくして、人差し指を上下に振った。


 女は言葉を吐きだすエンジンだ。一度回転すれば、どんどん喋る。俺はその回転を助けるために空っぽの言葉をかけるだけで良かった。民宿の女は途切れることなくしゃべり続けて、気付けばもう二時間も経っていた。食卓は既に片付いている。男は食器を台所に下げてから戻ってこない。


「あ、そろそろ行かないと」


 俺が立ち上がると、女は笑顔のままだったが、口元に並んだ歯は俺を威嚇しているみたいだった。


「お出かけですか?」


「ええ、ちょっと飲みに」


「誰かと?」


「いえ、一人で」


 女は一瞬民宿の五〇〇円ビールのことを考えたのだろうが「いってらっしゃい」と同じ顔のまま言った。


03 女に盗まれる 二万円


 マッチングアプリで知り合った女と待ち合わせ場所で会った。


 ステーキ屋で肉を食べた後にビールを飲んだ。店は女が行ってみたいと言っていた店で、見た目は小綺麗だったが、肉はベジタリアン用なのか、大豆のような食感、生玉ねぎの臭い、そしてセロリの味がするステーキだった。それでも女が満足そうだったのは不思議だ。店にいる他の女達もそうで、男達は作り物の笑顔が崩れないようにがんばっていた。ただしビールだけは本当に美味しかった。


 その後、俺達はホテルへ行った。


「男の人ってみんな八歳の男の子。あなたみたいにちゃんと大人に成長した人なんて一人もいない」


 セックスの後に女が言った。ズボンに入れたコルトパイソンが俺の頭に浮かんだ。


「女はみんな手のかかる子猫だ」と俺は言わなかった。女は愚痴を言いたいだけだ。女がどうかなんて聞きたくないし、なんなら男とはどういうものなのかも聞きたくない。自分の中に作り上げた虚構の男像を誰にも否定されることなく受け入れて欲しいのだ。悲しいことにそれを受け入れてくれるのは虚構の俺しかいない。


「男の人って本当に若い子が好き」


「そうかもしれない」


 女は口をゆがめて俺の胸を拳で軽く叩いた。女の体は老いに対して必死に抵抗している体だった。同じ年の女より若く見えることを鼻にかけているが、実は股の下に白髪が一本生えていた。鏡を使わなければ自分では見えない場所だ。体と同じように服もくたびれていた。女はドアを作る会社で働いていて年収が七〇〇万あるとも言っていた。それもやはり同じ年の女より稼いでいると鼻にかけていたが半分は嘘だ。俺も嘘をついているからよく分かる。ただしどこが嘘なのかは俺にも分からない。そしてそれはどうでもいいことだ。


「見て」


 女が腕を曲げて緩やかな力こぶを俺に見せた。その裏側で二の腕の脂肪が力なく揺れていた。


「触ってみて」


「固いな」


 気の抜けるような細い腕で、細い筋肉とひんやりした脂肪の感触を手の中に感じた。


「凄いでしょ」


「ああ」


 女は努力していた。それが見えてしまう、あるいは見せずにはいられないのが不幸だ。努力は誰もが称賛してくれるが、同時にその人間の価値を努力したぶん差し引く。努力は理解されるほど見下されていく。有名人の苦労話がウケる理由がそれだ。


 努力を剥ぎ取った部分がその人間の本質だ。努力は見せてはいけないし、女も必死な男は気持ち悪いと言っていた。しかし自分の言動を振り返る余裕はない。


「そろそろ出る?」


「ああ」


 俺がそう答えると「先にシャワー浴びてきて」と女は言って、バッグから手鏡を出すと化粧を直し始めた。

 俺は浴室に入ると、女の臭いを洗い流すように熱いシャワーを浴びた。あの女の存在が俺の頭と体から排水溝へ流れていく。ドアを開けた時、女がいなくなっていればいいのにと俺は願った。そして浴室を出ると本当に女がいなくなっていた。


 ベッドそばの壁に「うそつき」と口紅で書かれていた。床に散らかっているシーツの上に俺の財布が落ちていて、小銭はあったが、札は全て抜き取られていた。初めから女を信用していなかったので二万円しか入れていなかったが、俺は自分の間抜けさに腹が立った。女が化粧を直しているところは見ていたのだ。早く女と別れてしまいたいという気持ちが俺の心から余裕を奪っていた。


 タクシー代がないので俺は二時間も歩いて民宿に帰った。その時にはもう十二時を越えていて、民宿の明かりも消えていたが、インターホンを鳴らすと民宿の女がドアを開けてくれた。まぶたを重そうにしている。さっきまで眠っていたようだ。


「シャワー浴びてもいいですか?」と俺は言った。


「静かにしてもらえるなら」と女は言った。


 俺はシャワーを浴びて、再びあの女を排水溝へ洗い流すとパンツ一枚で部屋に戻った。余計な荷物は持ちたくないので冬でもパンツ一枚で寝る。寒ければ布団を被ればいい。


 俺は布団で横になるとバッグからノートを出した。それは手のひらほどの大きさで、左のページには収入を、右のページには支出を書き込む。毎日書いているので日記のようなものだ。ページをめくるとコーラ一三〇円と書いてあり、三か月前に自動販売機の前に立っていた時の熱気、太陽のまぶしさ、セミの鳴き声、アスファルトから蒸発する雨のにおい、コーラがゼロカロリーだったこと。色んな記憶がよみがえった。


 俺は今日使った金を書き足し、最後に『女に盗まれる 二万円』と書き加えるとノートをバッグに戻して眠ることにした。

(続きは本編で)

法人税一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇%/牛野小雪(kindleストア)


『法人税一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇%』の読者ページ


牛野小雪のページ(著作一覧)



コロナのお姉様 ~自宅療養していた時に私が作った物食べた物~

※実話をもとにしていますが内容には大きくフィクションが含まれているので実際の人物は一切関係ありません。ご了承ください。食べ物だけは本当



記録前日 コロナのお姉様

二月の暮れ、お姉様にコロナの陽性が出ました。土曜日から咳が出ていたので、やっぱりという気持ち。

家族みんなで自宅待機してくださいという話になりました。期間は10日。それまでの間、食べられるものを買い溜めておくようにとの通達があったり、いまは手一杯だから保健所からの連絡は2、3日後になるとか、まぁバタバタしていたわけです。

濃厚接触者は一応外出できるのですが、原則外出禁止なわけで10日間生活に必要なものを買い溜めておこうとAmazonさんで大量の物資を注文していたら、ババちゃんが「保健所から物資来るし、そんなにいらんのちゃう?」と言ったので、とりあえず三日分くらいのどん兵衛と野菜スープを注文しました。

お急ぎ便なので翌日に来たわけですが、ここでひとつ事件がありました。そもそもAmazonで注文した時、直接荷物の受け取りができないから、だいぶ前に見た名前を『置き配希望』にするテクニックを使おうとしていたのですが、Amazonの配送オプションに置き配を選べるようになっていて(おぉ~時代だな)と思うと同時に、ここ数年はkindleで本を買うので配達使っていないことに気付いたりもして、ちょっとした浦島太郎。置き配希望にチェックを入れて、置き場所は玄関にしておきます。

で、翌日に件の置き配希望の荷物が届いたわけですが、業者の人は玄関のチャイムを鳴らしてから一向に荷物を置かず、さらにまたチャイムを鳴らしました。いつ置いて帰るのかな、と不思議に思っていると、またチャイムを鳴らして「すみませ~ん」と大声を出します。

ここでひとつ補足しておくと我が家の周辺はいわゆる田舎社会に住んでおり、散歩している途中で挨拶してきた人達が何故か私を知っていたり(こっちは誰か知らない)、祖母が老人ホームに入っていることを知っていたり、その他ワールドワイドウェブに載っていないプライベートな情報を何故か知っているような土地に住んでいて、このまま配達員がどでかい段ボールを抱えて玄関で叫んでいると、駐車場には車が真昼間から何台も止まっているし、はは~ん、あの家はコロナで自宅療養しているのだなと気付かれるのは必定。できるだけコロナにかかったことを隠しておきたいのはババちゃんの願いでもありました。

私は慌てて玄関へ飛び「玄関に置いておいてください」と言うと「サインだけいただけませんか?」と答えが返ってくるではないか。「置き配希望のはずですが?」と言っても「サインいただけませんか?」とどでかい声。以下やり取り

私:玄関に置いて行ってもらえませんか?

配達の人:すみません💦 サインだけお願いします(;・∀・)

私:いまちょっと出られないですよ~(このご時世だから分かってくれ~!)

配達の人:‥‥‥すみません。サインお願いします(;・∀・)

私:(え、なんなん。このひと?)

私:あの‥‥‥いま出られないんで(#^ω^)

配達の人:受け取りのサインだけお願いします(;・∀・)

私:(あかん。この人帰りそうにない‥‥‥)

私:コロナで出られないんですけど!(あぁ~言ってしまった!ばかやろー!)

配達の人:‥‥‥(しばらく間が空く)‥‥‥サインお願いします!(半ギレ)

私:( ゚Д゚)ハァ?

私もブチ切れて玄関のドアを開けると、配達の人は大きな段ボールを抱えてやはり半ギレな顔で立っていました。さらさらと受け取りのサインを書くと、配達の人は「ありがとうございました(半ギレ)」と言って、どでかい段ボールを私に渡しました。

後述すると私は陰性で結果的には事なきを得ましたが、もし陽性だったらヤバかったんだが?

この後も配達の人は来るが、どの人もサインを求めてきた。これは配達の人が悪いのではなく配達業の構造問題ではないか?(同じ業者なのか、これ以降は「コロナですけど!?」と言うと玄関に置いてくれるようになった。ただし何度かやりとりしなければならなかった。)時代に合わせて受け取り方法も変えられないものか。

同日、保健所?から物資が届いて、こちらはさすがに忍者のように音も気配もなく玄関に段ボールを置いていった。気付けば玄関に段ボールが出現していたという感じなので気味が悪いほどだった。置き配専門のプロがいるのかもしれません。

段ボールは幼稚園児が4人ぐらい立てそうなぐらい巨大な物だったので置き場所に困りました。写真は撮り忘れましたが、ノートには書いてあります。中身は

・ポリ袋の(大45Lが10枚、小10L30枚)
・ポリ手袋(両手20枚入り)
・ビニール袋
・ペーパータオル
・キッチンブリーチ
・マスク(50枚入り)
・ティッシュ一箱
・トイレットぺーパー4個
・レンジでチンするタイプの米 12パック
・カップうどん 1
・カップラーメン 1
・焼き鳥の缶詰 4
・源氏パイ 1袋
・神戸ショコラ 1袋
・OSー1 4本
・野菜ジュースと豆乳 4パックずつ(すまん。5だったかもしれん)←そう書いてある
・鯖缶 (味付きが3缶)
・カレーやハヤシライスのレトルトパック 5つ
・ウィダーインゼリー 5パック
・卵スープ、ほうれん草スープ 5個入り一袋ずつ
・茄子のみそ汁 4パック
・フルーツの缶詰 2個
・白がゆ 1パック

あとで段ボール二個救援物資が届きますが、だいたい似たような物が入っていました。完全に同じではないようです。

置き配事件の翌日に保健所から電話があって「PCR検査を受けてください」と言われました。実は私は去年PCR検査を受けていて、その時車で行ったのですがみんな車に乗ったまま一人ずつ受けていて、でも今回はババちゃんが車運転できないのでどうしたらいいですかと聞くと「対角線に座って、窓を少し開けて歓喜しながら来てください」という抜け道を教えてくれました。

場所は初めて聞く病院で電話の向こうでも「ちょっと難しい場所にあるのですが‥‥‥」と言い淀んでいたので「調べておきます」と私が言うと、向こうはほっとしたようでした。グーグルマップで検索すると‥‥‥確かに分かりにくい場所(;・∀・)。あってよかったグーグルマップ。

同じ電話は家族にもかかっていて、家族みんなで指定された時間に向かいました。車列を組んでちょっとしたパレード。先頭は私(`・ω・´)

前に私がやったPCR検査は綿棒に唾液を染み込ませて、容器に保存する方式でしたが、今回はストローでよだれを直接容器に入れる方式でした。私はけっこう早く終わったのですが、ババちゃんが遅くて半時間もかかりました。その間に他の車が何台か来て、帰っていきました。

その日の夜に電話がかかってきて、私以外みんな陽性でした。その後色々家族構成とか色々たずねられたのですが、電話の人の口調には(なんでお前かかってねぇの?)的な響きがあって、ちょっと不思議でした。

さて、長い前置きは終わり。↑は小説作法ならバッサリ削る場所。

家族全員が陽性になったことで、家のことをするのは私一人だけになってしまいました😨
基本的に家族はそれぞれの隔離部屋にこもってもらいます。

なんというか忙しすぎて日記が抜けているし、写真も撮っていないので、いきなりですが数日ぶっ飛びます!

記録一日目 熱いスープを作る家は最後に滅びる


新しい習慣に慣れると、あっ、これ記録しておくといいかもしれないと考える余裕が出てきました。

お昼を作る時、コロナのお姉様に何を食べたいかメールをしました。のどが痛いので刺激の少ないものというリクエストがあったので、お姉様だけは救援物資にあった白がゆにしました。



画像盛れなくてスミマセン(;^ω^)

食べ物を直接床に置くのははばかられるので、どこから出してきたのか謎のプラ容器の上にお盆を置いて、食べ物を置きました。おかゆだけではなく、みそ汁も付いています。これには理由があって『亡命ロシア料理』という本に”熱いスープを作る家は最後に滅びる”という名言があるので、それに倣ってみることにしました。この諺が本当かどうかは分かりませんが滅んだ家がスープを作れないのは間違いない。



夕飯はシナシナになったしめじと油揚げでみそ汁を作りました。画像が白くなっているのは湯気ですね。あとは冷凍のチキン(半分にカット)とこれまた痛みかけのレタス。それにごぼうサラダ。米を食べるには弱いのでのりたまをサランラップに包んでいます。陽性者がふりかけの瓶に触れるのはいけないので。

食器はまず私のだけを洗い、次に家族の物を洗って陽性者と陰性者の使う物を別々にしました。その後はアルコールで濡らしたタオルでドアノブや誰かが触りそうな場所を拭いていきます。本当は誰かが触れるたびにそうしなければならないのですが、いちいちそんなことをするのは不可能。フィクションの世界では精神力が限度額無限のキャッシュカードみたいな扱いですが、現実には財布のお札ぐらい有限であり心もとないもの。保健所の指示通り100%消毒するなんて絶対に無理。ドアノブだけを消毒する奴隷がいてくれたなら可能ですが、あいにく私は古代ローマ市民ではないので何をするのも私一人だけ。

とはいえ、実際に奴隷がドアノブに控えていたとしたら、あるいはご飯を作ったり、洗濯していたりしていたら、狭い我が家では間違いなく過密状態であり、クラスター発生は間違いなし。

明治大正時代の小説を読むと当たり前のように下男や女中が出てきますが、今ではよっぽどのお金持ちでないかぎりはお手伝いの人は家庭にいません。彼らのような大分限者が消えたのはコミュニストによってブルジョアが消えたのではなく、感染症によって滅ぼされたのかもしれませんね。しかし現代で勝ち組と言われている人達がお手伝いさんを雇っている印象はないのでコロナが明けても社会は変わらないでしょう。


記録二日目 もし神がいないなら私が神だ

この世に神がいるかどうかは分からないが台所には存在する。それは私。
もし神がいないなら私が神だとドストエフスキーも書いていました。無神論者でいっぱいの世の中だから私が神になっても問題ないでしょう。

まず私が食べて、洗い物をして、次に家族に食事を持っていくので自然と早起きしてごはんを作り始めます。そうでなければ朝ごはんはブランチに、お昼ご飯はおやつになりかねないからです。朝はしいたけとねぎと卵でぞうすいを作りました。


味に飽きた時のためにサランラップで巻いたノリが付け合わせてあります。朝なのでコーヒー付き。



お昼はレトルトのカレーと茄子のみそ汁。それに神戸ショコラをつけました。
おかげでお盆はいっぱいΣ(・□・;)

救援物資にお菓子が入っているのは無駄だと思っていたのですが、お菓子をつけると家族の咳の音や、足音が軽くなったように感じられました。余計なものが人間に元気を与えてくれる、というのは名言にしてもいいと思います。銀行預金も必要な分だけあるより、使えないほどある方が心も軽くなるようなもの。この経験から熱いスープとお菓子が我が家の食事テーマになりました。神の御心は絶対です。

昼下がりに陽性判定された家族の分の救援物資が玄関に積まれていました。相変わらず忍者のように音も気配もなく、気付けば玄関のすりガラス越しに段ボールの高い影が出現したのでぎょっとしました。

段ボールの置き場所がないので、中身を食べる物と食べられない物に分けて、段ボール二つにまとめました。しかしこの時に気付いたのは最初に陽性になったお姉様に救援物資が来ないこと。もしや救援物資は一回だけなのではという疑惑が持ち上がります。お姉様にメールでたずねると(めいびー)とのこと。現時点では物があふれていても、療養が明けるまではもたないのではないかと不安になりました。

というわけで、家の中をがさごそと探り食べられそうなものは何があるかと調べると、けっこうギリギリなのではと焦りましたが、米は50kgぐらいあるし、みそもたくさんあるので、最悪この二つでしのげるなと考えると気持ちが楽になりました。どうしてもダメなら私が買い物に行けばいい(濃厚接触者は外出禁止ではなく自粛)。Amazonという手もありましたが、サイン事件から不信感マックスだったので使いたくありませんでした。


何を食べればいいのかは賞味期限が教えてくれます。夕食は賞味期限が近いソーセージでポトフを作りました。お椀に入っているのはお盆に乗らないから。小皿は卵とチーズを炒めた物。ハムはつけなくても良かったかもしれません。左上の小鉢はケチャップとマスタード。陽性者が触る物を減らすためにあらかじめ出しておきました。お盆に乗りきらなかったお茶は一度食器を回収してもらって、再度置きに行くという二度手間。

お風呂を洗うのはめんどくさいし、洗濯物もそう。お風呂は二日に一回にしましたが、次回からは三日に一回に決定しました。神は絶対! 自宅療養で良いのは誰にも会わなくてもいいこと。

記録三日目 健康ですか?

米を炊き忘れたので朝はレンチンするお米をおにぎりにして、レトルトの野菜スープを付けました。それとコーヒー。牛乳がきれたのでこれが最後。


昨日のぞうすいを思い出して、干しシイタケがあるのではないかとあちこち探してみると発見。料理に使える物が増えて嬉しくなりました。



お昼もおにぎり。それとカップうどん。ラップがかかっているのは焼き鳥の缶詰。ちなみにこれはお姉様に持っていった物。自分が食べるものはいつも食べている途中で撮っていないことに気付きました。私はインスタグラマーになれないようです。


夜は炊き込みご飯と、賞味期限がちょっとだけ切れていた肉団子でみそ汁。それに源氏パイ。

家族に食事を持っていくと私は自分の部屋にとじこもります。お姉様だけではなく他の家族もあちこちでケホケホと咳しているのを聞いて、私ものどがイガイガしてきます。もしや私も陽性ではないだろうか。あるいはミラーニューロンのなせるわざかと考える。体が熱くなってきて、熱があるのではないかと測ってみると平熱。本当に熱がある時は寒気がすると頭では分かっていても心ではそう思えないもの。

記録四日目 チコちゃんあれは何だったんだい?



昨日の肉団子汁を朝ごはんに。ご飯はレンチンのやつ。白いのはたぶんのりたま。


お昼はレトルトカレー、レトルト野菜スープ、それに救援物資のフルーツ缶。『チコちゃんに叱られる』でスイカの缶詰はないと見た記憶がありますが、どういうわけかスイカが入っていました。どういう仕組みなんでしょう?



夜は鯖缶をアレンジして卵とじにしてみましたがいまいち。味付きだし、そのまま食べる方がよさそうです。あとは卵スープと焼きプリン。

朝は早く起きるのに夜寝る時間はいつも通りなのはよくない。夜更かしは簡単なのに、早く寝るのはどうしてこんなに難しいのだろう。

記録五日目 シャレオツなスイーツ

朝は鯖缶、カップうどん、ごはん、それに源氏パイ。鯖缶はレンチンしました。スープがない? うどんはスープですがなにか?

豆乳の使い道をさぐるために昼はシチューに挑戦しました。野菜をバターで炒めて、小麦粉をまぶし、15分煮込んでから豆乳投下。味はいける。でも鍋が焦げ付いて洗うのが大変だったので、これっきりにしました。あとはレトルトカレーと源氏パイ。

昼下がりに知り合いが玄関のドアに色々入った物をひっかけていきました。救援物資の業者と違って、何者かが来たことは分かりました。


夜はもらい物の赤飯、みそ汁の材料はてかりすぎて不明。ラップの小鉢は冷凍庫の底にあったシュウマイ。コップに入っているのは救援物資のウィダーインゼリーと貰い物のイチゴ。

横から見るとこんな感じ。ฅ*•ω•*ฅイェ~イ

我ながらおしゃれだと思いました。スペシャリティ感があると気持ちも上がります↑

記録6日目 きぬさやにカビが生える


はて、右上の小鉢が何かまったく思い出せない。おそらく焼き鳥の缶詰。最初の頃は新しい生活で興奮していて、色んな事が記憶に残っているが習慣化されたことは記憶に残りづらい。右は茄子のみそ汁。左はご飯。
神戸ショコラがちょっとだけ顔を出していますね|д゚)チラッ

お姉様に電話があって自宅療養期間が延びたことを知る。そのせいか昼食の画像は撮っていないようです。文字の記録によると、レトルトカレー、かぼちゃのポタージュ、源氏パイ。

夜はスパゲッティーミートソース。レトルトのミネストローネ。ウィダーインゼリーとリンゴ。家族が食べるまで時間が空くのでリンゴはレモン汁で和えて色が変わらないようにしました。

横から見るとこんな感じです。イチゴより統一感があって一つの料理としてはこちらの方が好き。

自宅療養期間が延びたので冷蔵庫の中をもう一度確認すると、きぬさやにカビが生えているのを発見。いつか卵とじにしようとしていたけれど間に合いませんでした。生ものは早めに消費しなければなりません。

記録七日目 小説の推敲をする

朝食は鯖缶、卵スープ、ご飯、源氏パイ。鯖缶はあと一日でなくなる。さてさてどうしたものかな。最悪米とみそを食べればいいやと思っていても、いざそれが現実になりそうになると本当にできるかと心配になりました。

家探しして食べ物を探すとラーメンはあるし、カップラーメンもある。防災用の物が意外に役に立つ。あと三日はもちそうだと分かるとしぼんでいた気持ちも充実してきました。

さらに余裕が出てきたので小説の推敲しました。


お昼は神戸ショコラ、ご飯、どん兵衛。


夜は乾燥うどんがあったので煮込みうどんにしました。かまぼこは療養初期にいつか使うかもしれないと冷凍しておいた物。左にあるおしぼりみたいなものはおにぎり。コロナのお姉様の咳が止まらないので梅干し入りにしました。効果はかなりあやしい。

記録八日目 鯖缶なくなる

朝食は鯖缶、ごはん(梅干しのせ)、ナスのみそ汁、神戸ショコラ。鯖缶も神戸ショコラもなくなりました。

昼前に宅配の人が来ましたた。知り合いから送られた見舞い品で、中身はイチゴが36個。

玄関で配達の人と長いやり取りがあって、かなり躊躇した様子で玄関に箱を置いていきました。もしかすると最初の人も食べ物を地面に起きたくなくて、手渡ししたかったのかも? なんてことを考えました。


お昼はごはん、野菜スープ、どん兵衛。それと画像には映っていないけれど送られてきたイチゴ三個。


夜は残った野菜でラ王(ラーメンです)。冷蔵庫の野菜室がスカスカになる。赤ちゃん一人がハイハイできそうなぐらい広くなりました。

昔あったラーメンの配達みたいに岡持(おかもち)があればよかったのに、そんな物が普通の家庭にあるわけがないので、ラップをした状態でお盆に乗せて運びました。あとたぶんおにぎりがついていたはず。

記録九日目 ポテトサラダぐらい作ったらどうだ?


救援物資で余りまくっている豆乳を消費するために朝は豆乳スープにしました。右下は焼き鳥の缶詰でこれが最後。あと梅干しのせごはん。

「ポテトサラダぐらい作ったらどうだ?」という言葉が一昔前にバズったが、作った理由はその言葉に背中を押されたからではなくジャガイモに芽が生えたから。緑色になったところを除くように厚めに皮を剥いて鍋でゆでる。ニンジンはレンチン。それにツナを合わせてマヨネーズで和える。フレンチドレッシングで作るレシピもあるそうだけど、大量のジャガイモを使ったので冒険はせずにトラディショナルな方法で。


お昼はポテトサラダ、梅干しのせご飯、カップヌードル、イチゴ三個。


パンが食べたいな~ということで仕込みました。野菜が残り少ないので、救援物資の野菜ジュースで小麦粉を練りました。イースト菌と塩も混ぜて一晩寝かします。

夜は梅干しのせご飯、澄まし汁に焼いたお餅(餅は見舞いで送られてきた物)。チキンフライ、ポテトサラダ、京野菜の漬物。

夜に保健所から電話があってコロナのお姉様の療養期間は明日で終わりと判明。

記録10日目 お姉様の療養期間が終わる


朝食は豆乳スープ、梅干しのせご飯、竹ちくわが二本、右上は記録がないけどたぶんウィダーインゼリー(リンゴ入り)。

お姉様は今日で療養開けなので買い出しに行ってもらいました。

私はパンを焼きます。

昨日仕込んだパン生地。ふくらんでタッパーのふたを持ち上げています。

近くで撮ると発酵して気泡ができていますね。

180℃に予熱したオーブンで40分焼きました。

4つに切って、さらにこのあと半分こに、合計8つのパンができました。
両端は焼きたての時に私が食べました(*´ω`*)

このあとツナサンドを作ったのですが、お姉様が帰ってきてばたばたしていたので写真撮っていませんね💦

お昼に保健所から電話があって他の家族もみんな明日で療養明けると分かりました。
ฅ*•ω•*ฅヤットオワッター!!


夜は炊き込みご飯、きのこと豆腐のみそ汁、それにポテトサラダ。ちなみによく右上あたりに登場している青と緑のやつは付箋です。『米炊け!』『洗濯回せ!』『乾燥機開けろ』とtodoリストを目に見えるところに張って忘れないようにしていました。米は忘れてもレンチンすればいいのですが洗濯物は忘れるとけっこう致命的(;^ω^)

翌日から自宅療養終わり、日常の生活に戻りました。

教訓としては、どん兵衛強い。うどん強い。麺類強い。コショウは何にでも合う。ポカリは便利。生ものは腐る。キャベツと白菜は美味い。固い野菜は長持ちする。健康に良さそうな物は非常時に食べたくない。救援物資だけでは100%足りない。保健所は家族構成とか聞いてくるくせに送られてくるのは明らかに一人分。見舞いはガツンと栄養になる物より、イチゴみたいにふわーっとした物が記憶に残る。餅食べたことなんて忘れていましたよ・・・・・(;^ω^)スマン
あと、前例のないことは年上の指示に従わず自分で判断して物資を集めるべし。これぐらいでしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。ではまたどこかで会いましょう。
m(__)mペコリ

(コロナのお姉様 おわり)


『山桜』の読者ページ



ここは『山桜』の読者ページです。
読者同士が交流できる場にしたいと思っています。
メッセージはコメント欄にお願いします。

山桜 リリース記事

山桜 リリース記事


山桜 kindleストア←push!

内容紹介

車の運転が自動化された未来。人々はAIにハンドルを委ねた。
帝国自動車は政府と手を組みさらに市場拡大を狙う。
正明は深夜の高速道路でV8のエンジンを唸らせ自動運転車に勝負を挑む。
その間に和花は詩を詠み、革製品を作っていた

kindle unlimited、オーナーライブラリーで読めます。

『山桜』の読者ページ

牛野小雪のページ(著作一覧)


試し読み

 経年劣化したナトリウムランプの光は道路まで届かなかった。山の向こうまで続く点々としたオレンジ色の光はところどころ途切れていた。ロードノイズがひどい場所も少なくない。採算性なしと判断された道路はじきに封鎖されるだろう。

 V型8気筒のエンジン音が深夜の沈黙を打ち破ると、青白いハイビームが道路を暗闇から切り出した。徳川自動車のムラサメだ。日本で最後に作られたハンドル付き自動車であり、電気モーターもAIも付いていない完全内燃機関の車だ。カタログスペックはV型8気筒三六〇〇cc。四〇〇馬力。車体重量九四〇キログラム。最高速度は時速三〇九キロメートル。

 ムラサメは時速二四〇キロで巡航していた。高速道路の制限速度は時速一〇〇キロ。明らかなオーバースピードだがムラサメは速度を落とさずに緩やかなバンクが付いたカーブに入った。遮音壁は時速二四〇キロで引き伸ばされてペラペラのベージュ色になっていたが、もしぶつかれば車の方がペラペラに潰れるだろう。道路の継ぎ目、アスファルトの割れ目、高速道路に迷い込んだ野生動物、車がコントロールを失う可能性はいくらでもあった。

 運転席の男は腕に寒気を感じていた。内装機器のランプに照らされた顔は緊張でこわばっていたが笑っているようでもあった。

 ムラサメは無事にカーブを抜けた。運転席の男は息を一気に吐き出した。道路は直線になったがロードノイズがひどくなったので、ムラサメが時速八〇キロまで速度を落とすとアスファルトの沈黙がムラサメに覆い被さってきた。見えているのはハイビームに照らされた細長い道路と光を飲み込もうとする巨大な闇だけだ。

 ムラサメは坂道を登ると、遠くを走る一台の車を発見した。自動運転車だ。AIの走りはブレがないので見た瞬間に分かった。

 男がアクセルを床まで踏み込む。V8のエンジンが沈黙を粉々にした。時間も速度を上げて、スピードメーターが一五〇を超えると道幅が加速度的に狭くなり始めた。

 坂を下りるとムラサメは時速二五〇キロを超えていた。ハイビームの光がレモンイエローの車体を捕らえた時には二九五キロになっていた。ハイビームに照らされた車内に人影はない。システムの冗長性を保つために誰もいない道路を走らされていたのだろう。男はハンドルに手を突っ張り、床まで踏み込んだアクセルをさらに踏みつけた。二台とも同じ方向に走っていたが相対速度は二〇〇キロに近い。衝突すれば二台ともぺしゃんこに潰れるだろう。

『な 832-439』

 ナンバープレートの文字と数字が見えた。ハンドルを切ることは考えない。ハンドルを切れば時速二九五キロでムラサメは高速道路の壁に頭から突っ込むだろう。

 レモンイエローの車体がムラサメのハイビームを照り返した。その光はどんどん強くなり男の視界は真っ白になった。光の次はエンジンの音が反射してきた。耳と視界が白い光と音に埋め尽くされた一瞬の後、ハイビームの反射角がずれて無人の車内が視界に飛び込んできた。

 自動運転車が路肩へ飛び出した。ムラサメはその後ろを走り抜けて、男がバックミラーを見た時には、道の外へ向いたヘッドライトの光が見えるだけだった。

 男がアクセルペダルから足を離すと、強力なエンジンブレーキがかかりエアコンの通風孔から焼けたオイルの匂いが吐き出された。窓を開けると深夜の冷たい風が車内に飛び込んできて、ムラサメと男の体から熱を奪い取っていった。

 ムラサメが高速道路を走り続けていると、看板が一〇〇メートルおきに立っていた。そこには赤い字でこう書かれていた。

引き返せ
この先崩落
道路なし

 道路を塞ぐように白いガードレールが立っていたがムラサメはその隙間を走り抜けた。ナトリウムランプの光はなくなり、ハイビームが照らす道路だけが闇に浮かんだ。遮音壁はひび割れていて、場所によっては暗闇がぽっかり口を開けているところもあった。そこはハイビームの光が当たっても真っ暗なままだった。

 男が道路の先を見詰めていると、突然灰色のアスファルトが消えて真っ暗になった。男がブレーキペダルを床まで踏み込むとムラサメはタイヤを軋らせて止まった。

 男は何度か深呼吸して息を整えると懐中電灯を持ってムラサメを降りた。ムラサメは崩落した道路の手前で停まっていた。

 男は道路の端から懐中電灯の光を地面に向けた。暗闇の底には誰も住んでいない町があるはずだが光は暗闇に吸い込まれて何も照らさなかった。

 男が懐中電灯の光を前へ向けると、高速道路のちぎれた鉄骨と鉄筋がむき出しになっていた。男はアスファルトの欠片を向こうへ投げてみたが、欠片は暗闇の中へ吸い込まれた。しばらく耳を澄ませたが何かが地面に落ちる音はしなかった。それでも男は暗闇の沈黙をじっと耳を傾けていた。

 男は暗闇から何かが来るのを待っていた。誰かに何故そんなことをしているのか訊かれても男は何も答えられないだろう。男が月に何度か崩落した道路の先に立っていることは暗闇しか知らない。

 沈黙には沈黙という音がある。暗闇では暗闇が見えている。男はその考えを振り払った。沈黙は沈黙であり暗闇は暗闇だ。ムラサメのV8エンジンの音とハイビームの光が男の意識に飛び込んできた。さっきまで音と光はあったはずだが男の意識から消えていた。

新也参上!

 遮音壁に赤いスプレーで落書きがしてあった。新也が誰かは知らないが、男以外にも誰かがここに来ていたのだ。

 暗闇と沈黙は戻ってこなかった。男はムラサメに乗ると来た道を戻った。レモンイエローの車とはすれ違わなかった。

 それから一時間後、魚田市のメロンタウンに立ち並ぶ筒状の超高層集合住宅群がムラサメと男を出迎えた。しかしムラサメはメロンタウンの手前にある廃工場の倉庫に入った。

 ムラサメが倉庫の真ん中でエンジンを停めるとヘッドライトが消えた。

 男がムラサメを降りると鉄臭さが体を襲った。懐中電灯で辺りを照らすと倉庫の端に塗装のはがれた機械や錆びた鉄の切れ端が散らかっていた。鉄板を加工する工場だったらしいが、奇妙な形に裁断された鉄板が何に使うための物かは不動産屋も知らなかった。

 男が倉庫を出てシャッターを閉めると、ミントグリーンの車がタイヤの音を忍ばせながら近寄ってきた。工場に着く前に呼んでいたのでタイミングはぴったりだった。

 男がミントグリーンの車に乗り込みカードリーダーにIDカードを読み込ませると『こんばんは棗正明様』とドアガラスのディスプレイに表示された。

「帰る」と正明が言うと『メロンハイツ-え-63棟』と表示された。正明は『ここに行く』をタッチした。電気モーターは音も振動もなく車を発進させた。

 二〇分後に正明はシートのバイブレーションで起こされた。眠っていたようだ。車はメロンハイツに着いていた。

 正明は車を降りると空を見上げた。上層へ行くほどメロンハイツは細くなり空に吸い込まれた。屋上は雲より高いそうだが見たことはない。

 正明は『メロンハイツ-え-63棟』に入った。超高層集合住宅は一棟あたり平均五千人が住んでいるというが建物中央にある吹き抜けのエントランスには誰もいなかった。正明はまた空を見上げた。中空構造の丸い内壁は高くなるほど狭まり空を塞いでいた。そのせいか天井は無いはずなのに雨の日でも何も落ちてこなかった。

 正明はエレベーターで五三階まで上ると『あ-4』室のカードリーダーにメロンハイツのIDカードをかざして、ロックを外した。

 ドアを開けるとタンニン染めされた革の匂いが部屋から吐き出された。正明の目の裏に和花の後ろ姿が浮かんだ。和花はレザークラフトの職人で夜に仕事をしていることが多い。正明は仕事から帰ってくると革に縫い穴を開ける木槌の音をよく聞いていたが、今は深夜なので静かだった。

 正明が部屋に入ると明かりが点いた。深夜の目には明るすぎるので「半照明」と言うと天井の蛍光灯が消えて、壁にあるランタンが点いた。薄暗いオレンジ色の光は自然の炎と同じ不規則な揺れ方をするらしいが正明は揺れのパターンを憶えてしまった。

 正明は寝室を開けてベッドが和花の形にふくらんでいるのを見ると、冷蔵庫から缶ビールを出して一気に飲んだ。ドライブの後は酒を飲まなければ、すぐには眠れない。アルコールで眠っても熟睡はできないといわれているが、もうすぐ朝になろうとしているのでちょうど良かった。熱いシャワーを浴びてベッドに入ると、すぐに意識が朦朧としてきた。和花は深い眠りに入っているのだろう。正明が隣に入ってきても何の動きも見せなかった。時計を見るともう朝の五時だった。

 正明が目を閉じると一瞬で朝になった。時計を見ると朝の六時半だ。正明は和花の栗色の髪に顔を突っ込むと、和花の匂いを鼻に満たしてから勢いよくベッドから飛び出した。その反動でベッドが揺れたが和花はまだ眠っていた。いつも九時か十時、それより遅いと昼過ぎに起きるので六時半ならまだ夢の中だ。

 正明は朝食に目玉焼きを四つ焼いてマヨネーズをかけるとパンに挟んで食べた。目玉焼きは和花に一つ残してある。それから正明はカモミールティーを飲みながら朝のニュースを一通り見て部屋を出た。

 朝は通勤時間が重なるので百人乗れるエレベーターが満杯だった。顔ぶれはいつも同じだが話したことは一度もない。みんな上か下を向いて誰とも目が合わないようにしていた。正明は入り口近くに立っている男が髪を切ったことや、隣に立っている女が新しい柄のスカーフを巻いていて、まだ服装になじんでいないことにも気付いていたが、それでどうしようという気もない。

 メロンハイツを出ると停車場に車の列ができていて人々は順番に乗り込んでいった。正明も車に乗るとカードリーダーにIDカードを読み込ませた。『おはようございます棗正明様』とドアガラスに表示されると「会社」と正明は言った。『帝国自動車本社ビル』と表示されたので『ここに行く』をタッチすると車が動き始めた。

 正明には父親が車を運転する後ろ姿と、母親の後ろ髪を後部座席のチャイルドシートから見ている記憶があった。いつから自動運転車に乗るようになったのかは記憶がない。正明が十歳の頃には車を運転する人は珍しくなっていた。歴史の本には自動運転車の対人事故数が三年連続〇件になったことが分岐点だと書いてあった。専門家は急激な切り替えは起こらないと予想していたが、たった数年で自動運転車への切り替えは起こった。今では九九%の人が自動運転車に乗っている。

 専門家の予想は外れるものだ。移動のコストやストレスが下がれば人々は都市部から郊外へ移り住むという予想も外れて、人々は都市部に寄り集まった。日本の人口は減り続けているのに魚田市の人口は史上最多を毎年更新してメロンハイツの家賃も年々上昇している。

 都市部以外の土地はタダ同然だ。正明はムラサメを停めるために廃工場を土地込みで安く買ったのだが不思議とそこに住んで仕事へ行こうとは考えられなかった。一度試したことはあるが、通勤する車の中で奇妙な空白感に体を包まれて、一日でやめてしまった。都市の外側に住もうとする人は少なくないが住み続けている人は聞いたことがない。ある専門家は都市部に住むのは不合理だというが、その専門家も都市部に住んでいるらしい。人の集まるところに人は集まってしまう。不合理でも現実に起きていることだ。

 車が帝国自動車の本社ビルに着いた。正明が車から降りると車はすぐに走り去った。朝は需要が多いので車は休む暇がない。

 正明は帝国自動車という会社で戦略企画営業部の部長をしている。上層部からは売上を上げろと言われているが帝国自動車のシェアは九九%なので契約数が増える見込みはない。ある上層部の男は月三万円でツーシーター、つまり座席が二つある自動運転車に乗れる契約を月四万円のセブンシーターに乗れる契約に乗り換えさせれば売上が上がると会議で言い放った。冗談だと思いたかったが営業指針にはセブンシーターに乗換えを勧めろと書き足されていた。しかし、ツーシーターの契約をしているのは独身者が多く、彼らが家族持ちにでもならない限りセブンシーターは必要ない。

 帝国自動車は昨年に史上最高の売上高を記録したが日本の人口が増えないかぎり、これ以上の売上増は見込めない。それならば客単価を上げようということで、この前は車の中で映画を見たり音楽が聴ける車の試乗キャンペーンをやった。シートは最高品質でディスプレイもスピーカーも良い物を使ったのでアンケートの満足度は高かったが月一万円を余分に払ってまで乗りたい人は多くない。

 上層部は客単価を上げたいと考えているが正明は無料にできないかと考えていた。人から金は取らない。その代わり車のディスプレイに広告を流して企業から広告料を取る。それなら人口は売上の制限にならない。

 上層部は馬鹿げた話だと一蹴したがテレビもインターネットも広告で成り立っている。どうして車がそうであってはならないのか。帝国自動車の車内ディスプレイは視聴率九九%だ。搭乗者がいつどこへ行ったかというデータも持っている。広告媒体としてはテレビやインターネットより強い。社内AIに試算させると全ての車が広告車に変われば売上は五倍になると出た。その結果を上層部に伝えると笑われたが、止めろとは言われなかった。正明の人と金の使用権限も拡大された。

(↓つづきは本編で)



牛野小雪のページ(著作一覧)

ペンギンと太陽 リリース記事



ペンギンと太陽/牛野小雪 kindleストア←push!

 ルル子さんは世界をまたにかける鮫島商会の一人娘で超お金持ち。
そんな2000年に1度のヴィーナスと僕は結婚する。
伝説を作ったり、赤ちゃんができたり、戦争があったりもするが新婚旅行で北極にオーロラを見に行った二人は氷床を目指す巨大なクジラの影を見る。

『ペンギンと太陽』の読者ページ

牛野小雪のページ(著作一覧)


まえがき 普通ではない読書体験


 これから『ペンギンと太陽』を読む人に提案があります。本文中で気に入った、あるいは何かをひらめいた言葉やフレーズを発見すれば、読書を中断してtwitterにその部分を書き込むことをおすすめします。あなたのコメントを添えることも強く推奨します。ツッコミもアリ。twitterなんてしていないよ、という人はブログやメモ帳、チラシの裏でもかまいません。あるいはkindleのハイライト機能でも。

“南国の正午に太陽は音もなく地上を焼き、一切の影を蒸発させる。南極では沈みかけの太陽が一日中浮かび、大地は一年中雪と氷に覆われている。”
この冒頭最高だな。
#ペンギンと太陽 


 こんな感じで(自画自賛ですみません)。いま私は変なことをしていると思えてきたら、この本にそうしろと書いてあったと言い訳すればいいのです。引用符(ダブルコーテーション)をつけたり、ハッシュタグをつけたりはしなくてもいいかも。そこはあなたのご自由に。

 私は普通に小説が読みたいんだという人はもちろん無視してもかまいません。でももし気が変わったら試してみるのも一興です。そんなに長い本ではありません。きっと今までにない読書体験を味わえますよ。

 と、こんなことを書いたのはウィルスのようにコピーされて拡散すれば世界中に広がるかもしれないと考えたからです。これはただの社会実験で、あなたが付き合う義理はないですが、付き合ってもいいという好奇心の強い人がいたならば、手伝っていただけるとありがたいです。もし『ペンギンと太陽』がベストセラーになったならば、出版社を通さなくても一人の人間がセルフパブリッシングで世界と立ち向かえるという前例になれるでしょう。方法はどうであれ。よろしくお願いいたします。

試し読み

1 火星のペンギンは人間のふりをする

 南国の正午に太陽は音もなく地上を焼き、一切の影を蒸発させる。南極では沈みかけの太陽が一日中浮かび、大地は一年中雪と氷に覆われている。そこはあまりに寒すぎるので世界中で猛威を奮ったコロナウイルスでさえ小さく縮こまっている。いつかは氷が溶けて、生物大爆発の時が来るかもしれないが今は命が凍る白と青の世界だ。しかしどんなものにも例外がある。皇帝ペンギンだ。彼らは子どもを産む時期になると、海から上がり、氷の上を何十キロも、時には百キロ以上も歩いて南極の営巣地を目指す。人間なら子作りのたびに夫婦揃って冬の富士山に登るようなものだ。そんなことをした夫婦は神話の世界でも見つからない。しかも彼らは出産後もヒナが大きくなるまでは雪と氷の世界に立ち続ける。オスは半年近くも飲まず食わずだ。それどころか体から絞り出した栄養をヒナに与える時もある。飲む方は雪があるのでしのげるかもしれないが食べ物は本当に何もない。南極はウイルスさえ育たたない不毛の大地だ。どんな動植物も存在しない。唯一の例外は、でっぷり太った同族達だが皇帝ペンギンはどんな苦境に立たされても(しん)()の振る舞いを崩さない。きっとイギリス人はペンギンから進化したに違いない。(えん)()(ふく)を発明したのはイギリス人だ。あの服はどこかペンギンに似ている。先祖の姿がDNAに刻まれているんだ。ペンギンブックスはイギリスの出版社だ。疑う余地はない。イギリス人は(じん)(るい)ではなく(ちょう)(るい)だ。日本人も(めい)()()(しん)(ブン)(メイ)(カイ)()が起きると燕尾服を着るようになったが、それ以前は(もん)(つき)()(おり)(はかま)だった。あのふさふさした感じはニワトリそっくり。()()()はトサカの()()り。日本にニワトリブックスはないが『ひよこクラブ』という雑誌はあるので『ニワトリクラブ』もきっとあるだろう。もちろん日本人も人類ではなく鳥類だ。それだけじゃない。アメリカ人も、中国人も、どこの国の人間もみんな鳥類だ。


 こんなことをいうと科学界から()(たん)(しん)(もん)にかけられそうだが人間が猿から進化したなんて絶対に間違っている。恐竜→鳥→人間と進化したに違いない。三種の共通点は二足歩行。トリケラトプスみたいな草食恐竜は四足だが肉食は二足だ。このことから人間はティラノサウルスやラプトルの系列だと推測できる。どちらも恐竜界の人気者だ。


 動物園で猿と鳥の数を比べれば鳥が多い。ペットでも猿より鳥が多いはずだ。肉の生産量もたぶん鳥が一番多い。この人間の奇妙な鳥好きな傾向は人間が鳥類である証拠だ。もし科学界に詰められたら僕はすぐさま論破されるだろうが最後に『それでも人間は羽ばたいていた』と叫んでやる。


 ガリレオ・ガリレイは地動説を唱えたために、異端審問にかけられ、最後はひざを屈しなければならなくなった。今となっては異端審問が非難されているがガリレオが生きている間は彼の方が非難されていた。現代では名誉を回復して科学界の(ヒー)(ロー)になったが彼個人の人生は悲劇でしかない。でも地動説だって怪しいものだ。異端審問は間違っていたがガリレオだって間違っているかもしれない。本当は地球も太陽も止まっていて自分の目が回っているだけかもしれない。


 過去の発見は正しい。地動説でも太陽は地球の空をぐるぐる回っているし、相対性理論が出てきてもリンゴは木から落ちる。この世に間違いなんてなくて、どれも一面の真実を現しているのだろう。もしかしたらブラックホールの底で1+1がカボチャの世界が見つかるかもしれない。


 これから僕の語る一面の真実を聞いてほしい。途中でひっかかっても、ひっかかったまま進めば謎は氷解するはずだ。しなければ謝る。ごめん。こうやって先に謝るのは誰にも理解できないんじゃないかと不安なのもあるし、第一僕が十全に理解しているとは言い難いからだ。そもそもこの世に何かを理解している人なんているのだろうか? 現代でもソクラテスと話したら、みんな無知を暴かれるだろうし、彼が毒ニンジンを飲む結末も変わらないだろう。お前は何を言いたいんだと焦れている人もいるかもしれないが僕の文章は人生と同じで結末が最初に来ることはないし意味だってないのかもしれない。あぁ、言い訳がどんどん長くなる。よし、ここはズバっと言ってしまおう。


 人間は火星のペンギンに滅ぼされた。僕は人間最後の生き残りだ。


 どうだ驚いただろう。僕も最初は驚いた。どうして僕がそう思うようになったのかは明確な理由がない。日常のささいな積み重ねが揺るぎない証拠になった。刑事ドラマでいう、しっぽはまだ掴んでいないが絶対にクロというやつだ。五歳の時に僕はこの衝撃的な真実に気付いた。僕は人間の皮を被った火星のペンギン達に囲まれているのだと。


 たとえばだ。ペンギンは「ガー」と鳴いて、お互いの存在を確かめたり、拒絶したりする。言葉の意味を消化して、言葉を返すなんてことはしない。火星のペンギンも同じだ。彼らは「ガー」の代わりに言葉をやりとりするが相手の言葉なんて一瞬も腹に納めずに、声真似、いや、言葉真似した鳴き声を返しているだけだ。誰が聞いても、ご立派な言葉は発しているが、その実「ガー」「ガー」と鳴き合っているのと同じだ。


 小学校の時、僕は同級生に「ガー」とペンギンの真似をして挨拶をしたことがある。すると相手は目をぱちくりさせたが、僕がもう一度「ガー」と鳴いて首を下げると、向こうはニタリと笑った後に「ガー」と鳴いて首を下げた。あんまり相手を試すと不審がられるので、それをやったのは一度だけだが証拠はひとつ積み上がった。僕はこんな具合にあの手この手で周りの人間がみんな火星のペンギンであることを確かめていった。


 それ以上に僕が熱心だったのはペンギンの真似だ。もちろん水族館や海にいるペンギンではなく人間の皮を被った火星のペンギンの真似だ。もし僕が人間だとバレたら何かとんでもないことが起こりそうだったので命がけでペンギンの真似に人生を捧げた。僕の真似は完璧で決してしっぽは出さなかった。でも証拠はなくても疑うことは可能だ。ペンギン達はいつもうっすらとした敵意を僕に向けてきた。僕は人間だからどうしても(にん)(げん)()が出てしまうのだろう。向こうだって、いかにも人間でございますという顔をしていたがペンギン()を隠せていなかった。


 僕達はお互いに疑い、試し合い、信じ合えなかった。僕はいつ果てるともないスパイ合戦に疲れて「ペンギン共。本当の人間がここにいるぞ」と叫び、全てを終わらせたくなる衝動に襲われる時があった。またある時は、すれ違うペンギン一羽一羽に「君は人間のふりをした火星のペンギン……と見せかけて、本当は人間なんだろう?」と試したくなる時もあった。


 さて、おそらくこの文章を読んでいる君は人間のはずだ。人間以外の何かである確率はどう甘く見積もっても一〇%を超えないだろう。そして頭の回る読者なら、なぜ人間を滅ぼした火星のペンギンが人間のふりをする必要があるのだろうと疑問に思うはずだ。僕はこの疑問に至るまでに一〇年を要した。ペンギンに囲まれて、まともに物事を考えられる人間がいるだろうか? いや、いない。それを考えれば僕はノーベル賞級の発見をしたといってもいい。


 火星のペンギンがなぜ人間のふりを続けるのか。この謎を解くにはコペルニクス的転回が必要だった。天動説から地動説へ。今でも忘れられない。中学三年の一〇月、国語の授業で窓に揺れるカーテンをぼんやりと見ていると、突然あるひらめきが背筋を走り、僕は身震いした。もしその考えが誰かから聞かされたものだったなら僕はそいつを火炙りの刑に処しただろう。僕はすぐさまその考えを焼却した。しかし火の鳥が灰の中から何度でも甦るように真実もまた何度でも(よみがえ)った。そしてとうとう僕は信じざるを得なくなった。火星のペンギン達こそが人間であり、僕が人間のふりをした火星のペンギンなのだと。


 ニュートン万歳。オッカムの(かみ)(そり)。全てがシンプルに効率良く収まった。しかしどんな問題も形が変わるだけで決して解決しないものだ。物の見方は変わったが僕は相変わらず人間達からうっすらとした敵意を向けられていた。僕の真似は完璧だ。だからこそ不完全だ。現実界に人間のイデアが存在しないように人間達はみんなどこか非人間的なところがある。僕はそれをペンギン的だと勘違いしていたのだ。


 僕は火星のペンギン。最後の生き残り。息をひそめて人間のふりをしている。


続きを読むなら↓




ペンギンと太陽が書けるまで


 万年筆が使えるじゃないか


 今まで雑感帳や仮書きのノートを書く時は1.0mmのボールペンを使っていた。何時間も書いていると0.7mmでは腕が痛くなってくるし、それは後日に持ち越される。本当は1.2mmが良いのだが替え芯の問題がある。店に置いてある替え芯は0.5とか0.3とか細いのばかりでインクが切れたらもう使えなくなってしまうのだ。そもそも1.2mmのペン自体があんまり置いていない。みんな細い字が好きだ。私もそう。


 前作『流星を打ち砕け』で1.0mmの替え芯は全部使い切ってしまった。しかし店へ行くと1.0mmの替え芯どころか、ボールペンも置いていなかった。しかたがないので5Bぐらいの鉛筆で書こうかなと考えていると、ふと万年筆があることに気付いた。


 この万年筆は15年以上前に買った物で、キャップの金具の部分に緑青色の錆が浮いている。一万円もしたので買うのに勇気が要った。太さは中字で1.0mmと同じくらい。私が選んだのではなく店の人が選んだ。ピカピカ光るガラス張りケースの前で「この万年筆をください」と言った時はシュッとしたスタイリッシュな細い字を書ける万年筆を買おうとしていたが、店のおじさんが何を書くのかと訊いてきたので「小説を書く」と答えると、それならこれにしなさいと同じ値段で中字の万年筆に決められた。勧められたのではない。おじさんは声こそ優しかったが、何の説明もなく、もうこれにするからなという雰囲気をぷんぷん放っていたので、細字の万年筆に未練はあったが「じゃあ、それでお願いします」と言ってしまった。平成の時代でも、ひどいことはひどいがおじさんが若い坊主に丁寧な説明なんかしてくれなくても、それはそういうものだと思う時代だった。今でもまだそうなのかな。

 家に帰って箱を開けると、ポクッと優しい音が鳴った。これはいつも買っている筆記用具じゃないぞという感じがした。中には宝石箱のつやつやした布地にリボンで付けられた万年筆。試しにノートに線を引いてみると最初は滑るような感覚に驚いた。でもそれ以上に驚いたのは(やっぱり太い)ということだ。ガラスケースの向こう側で見たスタイリッシュな細い線が頭に浮かんだ。やっぱりあの万年筆に変えてもらおうかと何度も考えたが、結局勇気が出なくて、そのままにした。

 若い坊主が生意気にも万年筆を買いに来たから世間の厳しさを教えてやれ。そういう嫌がらせを受けたのだとずっと思っていたが、あるきっかけで細字の万年筆が手元に転がり込んでくるラッキーがあった。それで細字で執筆していたこともあったが、原稿用紙4枚ぐらいで腕に負担がくるとすぐに気付いた。疲れというかコリも翌日に続く。中字だと20枚近くまでは負担なくいける。そこでようやくおじさんが中字にした理由が分かった。それ以来ノートを書く時もなるべく太い字のペンで書くようにしたら、だいぶ楽になった。

 いや、待てよ。ノートには万年筆使わんのか~い! と思った人がいるかもしれない。そう、事実使わなかったのである。小説を書くために買ったのだから、小説を書く時にしか万年筆を使わなかった。原稿用紙=万年筆である。それ以外にも使えるのではないかと気付いたのは、つい最近のことだ。なんたる頭の固さ。ノートにはボールペンか、鉛筆か、シャープペンシルを使うことしか頭になかったが、万年筆どころか墨を付けた筆で書いてもいい。

 万年筆がボールペンより良いのは、替え芯のmm数を気にしなくてもいいことだ。インクが無くなればカートリッジを代えればいいだけ。どの太さでもインクは同じ。どうして今まで気付かなかったのだろう。頭の固い奴だな、ちょっと笑える話だった。今は何でも万年筆で書いている。これで替え芯を買い溜めしなくてもよくなった。

 アルファベットと識字障害

 ヨハン・ラインホルト・フォスター(Johann linehold Forster)という鳥類学者について調べていると、lineholdがなぜラインホルではなくラインホルなのか気になってしまったので調べた。dの発音はドイツ語でもダ系の発音だが、音節の最後のくるとtの発音になるらしい。なぜそうなるのかは分からなかった。とにかくtの発音になる。いや、正確には無声音だ。tの口の動きで息を吐くという意味で、たとえばアメリカの大統領ドナルド・トランプ(Donald Trump)をドイツ語で発音したならばドナルト・トランプではなくドナル・トランプになる。怒鳴るは日本語だけど、怒鳴っている印象が彼にはある。ちなみにトランプ大統領はドイツ系らしい。


 アルファベット発音って理不尽だよなと思う。英語圏の言葉はこういうのが多い。英語でもknightのkは発音しない。クナイトではなくナイトだ。欧米圏の人は何で読めるのかなと不思議になるが、実は読めない人はそう珍しくない。識字障害は10人に1人もいるそうで、ハリウッドスターのトム・クルーズもそうだ。英語を読むのはミッション・インポッシブル。ネイティブでさえつまづくのだから、日本人が英語が下手なのは仕方がない。どうしてローマ帝国は滅んだのだろう。そうすれば綴りと発音が分かりやすかったのに。

 でも小学校を思い返してみれば、どうして『は』が『わ』になるのか意味不明だった。今でもそうだ。『は』と『わ』の違いは体得しているが、理解はしていない。この時は『は』、この時は『わ』と分かるだけだ(もしかしたら分からない時もあるかもしれない)。探せば、どの国の言葉にも理不尽はある。それを含めて文化なんじゃないかな。明治時代に日本語を作り直そうとした人達はいるが失敗している。変えようと思って変えられるものではないが、変わる時は変わって欲しくなくても変わるものだ。

延べ平均70字/日

 今回は仮書きを毎日推敲して、次の日はまた一から書き直している。賽の河原だ。この書き方だと長編はもちろん短編でさえ書き切ることは不可能なので、一章ごと(原稿用紙10枚ぐらい)に書くことにした。


 一章はtake10。つまり10回書き直してからwordに打ち込んだ。約4000字。最初はプロットを書いていた期間もあるので、この先数字が増えることもあるだろうが、プロットを書き始めてからここまで来るのに延べ平均70字/日だと分かった。遅い遅いと思っていた『流星を打ち砕け』でさえ800字/日はあったからとんでもない遅さだ。

 推敲はまず一通り書き終えてからやるべきと色んな作家が言っている。まったくその通りで、毎日推敲していると小説を書き進める力が明らかに弱くなったのを感じる。『生存回路』から書けなかった日は一日もなかったが、今回は三年ぶりに書けない状態を味わっている。

 一文字も書けなかった日の夜なんかは、小説一冊を書くのに、こんなに手間と時間をかけて良いのだろうか。とんでもない浪費をしているのではないかという疑問が湧く時がある。それでもまた一から書き直して推敲する。推敲すればしただけ良くなっているような気がする。疲れで背中にべったりと暗い重力が張り付いていても、そこだけはみずみずしい手応えを必ず感じられる。

 season3の執筆はとことんやるがテーマだ。得るものが労力に見合わなくても、やると決めたのだから、やれるところまではやってみるつもりだ。

同じものを書いて違う結果を求める

 毎日同じところを書いている。プロットは書く前に引いているので仮書きで何を書くのかも決まっている。5回目ぐらいになると手が憶えている所もあって、こんな書き直しに意味はあるのか? と自分でも疑う時がある。

 同じものを書こうとすれば同じものが出力されるはずだが、不思議なことにまったく同じが出てくるわけではない。もちろん9割くらいは同じだが、わずかな違いもある(推敲してるし当然か)。その違いが積み重なっていくと、ある瞬間にパッと白い稲妻が走って、そこからバババッと水が氷に変わるようにひらめきが広がっていく。こういうことが起きると、ああ、やっぱり間違っていなかったなと思える。

 もう小説を一本書いたような気がするし、事実、字数で言えばもう10万字以上書いている(9割は同じだけど)。それなのにまだwordには4000字しか書かれていないというのが凄いよなとビックリする。5月から仮書きを初めて、もう6月も中頃なのに、まだ2章を書き終わっていない。こんな調子でこの小説を書き終えることができるんだろうかと不思議に思う。もしかしたら『ペンギンと太陽』は頓挫するかもしれない。でも今が一番良い小説を書いているような気がしている。

びっくりするほど遅い

 ようやく2章をwordに打ち終えた。5月19日から6月18日までかかって約4000字。延べ平均すれば約130字/日となる。原稿用紙一枚より少ない。たぶん今世界で一番遅い小説家は牛野小雪なのではないか。書いていないわけではないけれど、ノートに書いた仮書きの90%以上は使われないので取れ高が少ない。そこまでやってもやっぱりまだまだだと思う。先月の第一章はもうばりばり推敲できてしまった。2章だってたぶん時間を置けば手を加えられるだろう。完璧な文章なんて夢物語のような気がしてきた。

吠声のふりがな

 吠声という言葉は今まで<ほおごえ>と読むものとばかり思っていたが、いざwordで打ち込もうとすると全然出てこないので漢字辞典を調べると<ほえごえ>と読むらしい。

 七月二十三日に第四章をwordに打ち込んだ。1万6千字。よくやく冒頭が終わった。その時書いている章は毎日推敲しているが、全体の推敲はまだ一度もしていないので、試しにkindleで推敲してみると最初の一行で今までと違う感触があった。ロゴーンに突っ込んでみても、いつも井上靖と出ていたのが遠藤周作に変わった。良い悪いは別にして違う物が書けているようだ。

とにかく違う物を書く

 五月から書き始めて七月の下旬までの約三か月で1万6千字。この調子だと完成まで2年ぐらいかかりそうだし、それだけ時間をかけても10万字を超えないかもしれない。時々今まで使った時間を考えてゾッとする瞬間がある。去年『流星を打ち砕け』の仮書きを書き始めたのも『ペンギンと太陽』と同じくらいだが、7月にはもう千秋がユニコと一緒にアイスクリームを子供たちに配っているところまで書けていた。

 今回は書き方が違うとはいえ進みが遅いのは間違いないので、どうも焦ってしまう。小説の完成をだれに急かされているわけではないが、一つの小説とじっと向き合うのは息苦しい。一つの章を何度も推敲して書き直すので、word上では何日も進まないわけで、何日も書いて書いて書きまくっているが、wordに打ち込まないのは自分がそれを許さないからで、実はよくよく考えていると何日も書けないでうんうんうなっているのと同じ苦しみがあるのだと気付いた。無意識で起きていたことを意識的にしているに過ぎない。一か月に一日か二日しか書けない超スランプ状態で書いているのと同じで苦しくないわけがないのだ。

一呼吸十枚

 5章は長いなと思いながらずっと仮書きしていた。時には一日で書き切れなくて次の日に持ち越した時もあった。wordに打ち込んで文字カウントするとやっぱり5000字を超えていた。どうりで苦しかったはずだ。どうも私の執筆の呼吸は原稿用紙10枚ぐらいのようだ。
それを超えると書き過ぎていると肌で分かる。実際に次の日はボロボロになるし書けなかった日もある。そういう時はいつも精神力は無限ではないと痛感する。執筆はほとんど精神活動といってもいいが一日10万字書けることは絶対にない。いつかは精神や魂も物理現象で捉えられる時が来るだろう。そうなれば今より書けるようになるだろうが、やっぱり無限や絶対の境地には到達できないだろうなと予感している。21世紀に生きる人間の戯言だ。

求めているのは理由ではない

 なぜ同じところを何度も書き直しているのだろう。
 ↓
 より良い小説を書くため。

 答えは分かっているし、実際に良くなっている。それでも満足できる物が得られないから怒ったり苦しんだり、時にはふてくされたりする。要は結果が出ないからだ。結果が得られないからストレスが溜まる。なら結果を求めなければいいというのが自己啓発的なアプローチだが、求めなければ得られないのでは? という問いを一年前に考えていて今も答えは出ていない。書かずに書くなんて矛盾が実現しないかぎり、この問いを解くことはできない気がする。

書けないのは書けない流れにいるから

 全然書けなくなる日が何日も続いて、自分でも不思議に思っていたが、お盆から執筆を開始して一か月以上経っているのだと気付いた。何年もデータを取っていればほぼ一月周期で好不調の流れがあって、もし不調の波に捕まったらずっと書けなくなるというのが分かっていたから、一月に一回一週間休めば書けない日がなくせるのではないかという予測を立てたのが2年前。それからずっと『書けない日』というのを味わったことがなかったので、書けなくなる感覚を久しぶりに思い出した。と言いつつ実は三か月ぐらい前にも同じ感覚を味わっている。その時もやはり休まなかったせいだ。書ける時はまだまだ書けるからと書き続けるし、書けない時もせめて次に繋がるとっかかりでもと思って机の前にかじりつく。その結果リズムを崩して書けなくなる。

 つい四日前までは、もうこれ以上書くのは無理かもしれない・・・・と絶望していたのに、今日は今書いたら絶対に書けるぞ! と確信できるぐらい力が戻っている。でもあと三日は書かない。執筆は書いたら書いただけ進むわけじゃない。休んだ方がかえって早くたくさん書ける。それが分かっているから全力でさぼるのだ。

欲なく書く

 今回の小説は月に何度か書けない日があり、そのたびにこれは私には荷が重いと思う。事実筆は重く、月に4000字ほどしか進まない。これは何度もノートに書き直してからwordに打ち込むからで、書いた字数で言えば人生で一番書いているのは間違いない。でもword上では月に4000字なので、目に見える結果はほとんどない。振り返れば違いが分かるが、一日一日で見れば毎日同じところをぐるぐる無意味に回っている気がする。人間、無意味には耐えられないものだ。と考えたこともあるが、たとえばゲームやネットなんて無意味だが、放っておけばいつまでも続けてしまう。なぜゲームやネットは一日中続けられるのに小説は続けられないのだろう。それはゲームに欲はないが、小説には完成させたいという欲があるからだと考えた。小説の場合、ただ書けばいいのではなく完璧なものを書きあげたいという欲がある。しかしネットやゲームは完璧じゃなくてもいい。たとえばもしゲームで、このステージを1分以内にノーミスでクリアしなければならないという欲があれば、とても一日中続けられないのではないか。あるいは今日はネットを歩き回って頭の中をアップデートするぞなんて考えていたら一時間も続けられないだろう。現に目的があってネットを使う時は5分以内で済ませてしまう。

 数年前までは『凄い小説を書くぞ』という意志がプラスに働いていたと思うが、ここ最近はそれが足かせになっている。もっと頭の中をフラットにプラスチックや機械みたいにして書けないだろうか。それとは別に心の手で炎を掴みながら書くのが小説だろう、という考えもある。

 欲を捨てろというのは昔から言われていることであり、凄い小説を書きたいというのは間違いなく欲で、それがために苦しんでいるのも分かっている。しかし、欲なくして書くのは矛盾している気がする。だが現に欲なくネットやゲームができて、それが人生で大きなウェイトを持っていることを考えると、たぶん欲なく書くことは可能だし、それができれば今より一段上手く書ける予感がある。欲があれば書けるが、欲がなければもっと書ける。何故なら燃料を必要としないから。問題は欲が捨てられないということ。なんだか禅問答をしているような気がする。

一年で四万字しか書けない。

 去年の五月からノートに書き始めて、四月にようやくword上で4万字に到達した。一章を原稿用紙一〇枚のリズムで書いて、その日のうちに推敲して、また書き直すことばかりしている。だいたい一章をwordに打ち込むまでに一か月かかるのだが、9章は三か月もかかってしまった。最初から時間をぜいたくにかけて執筆するつもりだったが、一年経っても原稿用紙100枚分しか進んでいないので、びっくりする。

 書こうと思えばもっとたくさん書けるけれど、しょうもないものをいくら書いても仕方がない(いま書いているのがそうだったらどうしよう)。毎日推敲して書き直していると、すっごい無駄なことしているなぁとか思うけれど、何回も書き直したところを読んでいると文章が光って見えるぐらい良いと感じる。コンコルド効果かもしれない。

これは小説なんだろうか?


 2021年7月にようやく『ペンギンと太陽』を書き終える。推敲したら結局4万字におさまった。1年以上かけて4万字だ。長ければ良いという物ではないけれど、短いなとも思う。このクオリティを保ったまま、12万字は超えられるようにしたい。
 

 推敲していて感じたのは、これは『小説』なのだろうかということだ。最近は読まれている順に過去作を改稿しているのだが、昔に書いた『蒲生田岬』とか『黒髪の殻』の方がよっぽど『小説』の形をしている。

 あえて小説を『』で囲っているのは、それが私の中にある小説の形である小説という意味で『ペンギンと太陽』だって小説ではあるのだろうが、私の中では小説と扱える物ではない。じゃあ何なのかと問われたら答えはないけれど。

 言葉の選び方一つとっても今の方が絶対に良い。1ページだけ切り取ってもペンギンに軍配が上がる。でも一冊の本として見た場合、私はこれが『小説』とは思えなかった。もしかしたら私は文学病にかかっているのかもしれない。言葉や文体にこだわりすぎて小説を置き去りにしたのだろうか。あるいは一章ずつ書いていくスタイルだったので、一冊の本として完成しなかったのかもしれない。

 はっきり言って『小説』として見るならば『ペンギンと太陽』は失敗作だ。それでも良いと感じられるものはあった。最後の一行を書き終えた時は、こんな文章を書けてしまって本当に良いんだろうかと震えるほどだった。なので、世に出してみることにした。


ペンギンと太陽/牛野小雪

『ペンギンと太陽』の読者ページ

牛野小雪のページ(著作一覧)




このブログを検索